セミリタイアという生き方を選んだのは何がきっかけだったんだろう(自己回想)

私は現在アラフォー。

大学を卒業後からセミリタイア生活に入るまでの間、既婚者になったけれど、それまでと何ら変わらず仕事を続けていました。

 

 

そして私は仕事を選ぶうえで、「女性でも一生生活していけるだけの専門性のある仕事」といった観点を重視していました。

仕事は結婚しようがしまいが、一般的な定年退職する年代までずっと続けるつもり満々だったわけなのです。

 

そういうわけなので、時折ふと今のセミリタイア状態の自分を客観視して、

「こんな生き方を選択したのは一体何がきっかけだったんだろうか?」

と他人事のように思うことがあるのです。

 

夫は結婚する前から、早期の経済的自立を果たし、会社員はその時点で辞め、

その後は投資業の傍ら、それ以外に興味を持っている分野に自営業者としての立場でチャレンジすると言っており、

そもそもずっと会社員をする気がなかった人で、私とはちょっと違う視点を以前から持っていました。

なのでこれから書くことはあくまで妻側の私の視点からの話です。

 

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定年退職まで組織の中で仕事をする気満々だった

そもそも私が一生仕事を続けていこうと思っていたのは、

「経済的に誰かに依存していることへの不安定さに対する不安感」

に起因していました。

 

結婚すれば、夫の収入で生活することも選択できましたが、

私は子供の頃に父を失って、専業主婦だった母が女手一つで私たち兄弟を育て、とても大変だったのを見て育ったので、

専業主婦になることが怖かったんですね。

 

そんな私は、子供のころから「経済的に自立することは不安からの解放だ」との認識が既にあったように思います。

だけど、この頃の「経済的自立」は、あくまでも、

「配偶者を含む家族に経済的依存をしない(いざとなればしなくても大丈夫)」

という意味でした。

 

金融危機真っ只中の時代に社会人になって・・・

私が就職したころは、ちょうど日本は金融危機真っ只中でした。

とんでもなく就職難の時代だったし、ニュースでは「失業率が過去最高を記録しました」なんて言ってましたね。

就職活動では100社エントリーするなんて別によくある話でもありました。

祖母が、「銀行が潰れるなんて、昔じゃ考えられなかったけどねぇ・・・。」とつぶやいたのをふと思い出します。

 

そんな時代に世の中に社会人と放り出され、「雇用されることの不安定さ・不確実さ」をひしひしと感じながらの出発だったこと、

自分より上の世代は高度経済成長、バブル経済期と景気のいい時代を経験し、毎年昇給、それなりにいい目にもあってきた時期があるのに、

私の世代はいきなり減給、ボーナスカットの憂き目にあい、そのうえさっぱり昇給しないこと、

それからしばらくして、「何やら年金がとんでもないことになっている」ということが世間を賑わすことになったことなどもあり、

「手に職をつけ、福利厚生も充実した、それなりのところに就職したつもりだったのに、それでもやっぱり不安定で所詮不安なんだ」

と思うようになっていきました。

それと同時に、

「給料収入に頼りすぎても、ぜーんぜん資産は増えないし、所詮自分のコントロール不能なところで色んな事(給与・待遇その他諸々)が決まるのだ。」

と気づき始めました。

 

だけどその時はまだ、セミリタイアなんて生き方はそもそも知らなかったし、

「会社の給料以外で収入を得るなんて自分には無理だ」と思っていました。

 

給与所得の不安定さと預金利率の低さに嫌気がさし、投資の世界へデビュー

日本経済がひどい状況下にある中、社会人デビューし、給料を減らされ悶々としながらの社会人生活を過ごす日々、

取りあえず節約生活を続け、貯金をこつこつとしていたわけなんですが、

預金利率が笑えないくらい酷かったんですよね。まっ、今も酷いけど(笑)。

なのでなんとなく株式投資、外貨預金を始めました。たしか25歳くらいの時ですかね。

 

株はバリュー投資に興味が湧き、PERとかPBRとかそういうやつを基準に銘柄を選び分散投資したら、

1年間の収益が会社員のボーナス位になったかな。

外貨預金は適当に円売りしたらお小遣い程度に。

でも売買方針なんてのは特になくて、しいて言えば「塩漬け、ときどき値ごろ感でナンピン」といった感じで、はっきり言ってただの運ですね。

そしてコンスタントに収益をあげられるわけでもなかったです。

とてもじゃないけど、この収益で生計を立てるなんて考えられないレベルでしたし、そんな発想もまだなかったなぁ~。

会社を辞めようとも思っていなかったし、「銀行金利よりいいパフォーマンスであればいいや」って思っていました。

 

会社で全くビジョンが見えなくなって・・・

資産形成の面においては、給料をもらって、節約をし貯金をして、その一部でゆるーく投資をする。

仕事の面では勤続10年超、最終的に目標としていた資格も取得し、

論理、理屈の知識でしかなかった専門知識も実務経験を積むことでそれなりに板につき、

会社での位置づけでは「中堅」と呼ばれるようになっていました。

 

「組織のなかで中堅とはどうあるべきか、何を期待されているのか」を感じる中で、

困ったことに自分の仕事に対するビジョンがさっぱり見えなくなっていました。

 

10年近く仕事をしていれば、何度かは転職・退職の悩みが出てくるもの。

そんなものは今まで何とかやり過ごしてきたわけで、

そういったことに対する対処法、折り合いの付け方みたいなものもある程度自分の中で見つけていたように思います。

 

だけど、決定的に辛かったのは、新人の時期もとうに過ぎ、中堅になっても、

「あんなふうに私もなりたい」

と思う理想像にその組織でとうとう出会えなかったこと。

(ここでいう理想像とは職場で出会った方々の人間性や能力の話ではなく、ライフスタイルや「人生をどう生きたいか」っていう方向性の上でのことです。)

 

何となく就職したわけではなく、一生懸命に勉強し、強い希望と熱意をもって就いた仕事、

気が付いた時にはもうその仕事が「ただただつまらないもの」に自分の中でなっていました。

つまらない仕事も理想像へのステップであれば頑張れるけど・・・。

 

自分をだましだまし過ごした数年間

仕事がつまらない・・・。

こんな気持ちは世の中別に珍しくない、というより残念ながらかなりの人はそうかもしれません。

そこでその気持ちにどう折り合いをつけるかは人それぞれなんでしょう。

 

私が当初とっていた対処法は

「給与と引き換えにだましだましやり過ごす」

でした。

これで定年退職まで行ける場合もあるかもしれない。

やはりそれなりに約束された(労働契約上)給与は魅力的ですからね。

でも私は無理でした。

 

最終的には、

「もし仮に夫に何かあって貧乏になって苦労したとしても、今のこの状態を続けるよりは自分自身納得できる」

という境地に至っていました。

(まぁ蓄財は就職してからずっと続けていたので、無収入でも当分大丈夫そうだと思えたし、夫に十分な収入があり既婚女性なので専業主婦になればいいという立場だったのはやっぱり大きかったですが)

 

ある日突発的に退職宣言

気持ちはとうに離れているのに、足だけは毎日会社へ向かう。

だけど、会社の門をくぐるたびに、こんな毎日を繰り返していて何の意味があるのかが分からない・・・。

そんなある日、突発的に出勤してきた上司に声をかけていました、

「お時間をいただいてもよろしいですか?」

 

そう言葉を発した瞬間、自分で自分自身に驚きました。

まさか今日こんなこと言いだすなんてと。

「あぁ~、私、会社やめちゃうんだ・・・。なんか結構あっけないもんだね・・・。」

 

投資収入を本格的に追及しはじめる

会社を辞めると決意し、退職後何をしようかと考えたとき、

なぜか自然に「投資収入を追求しよう」と思いました。

それまでせいぜいお小遣い程度の収益しかあげたことがなかったのに、

今思えば「その自信はどこから湧いてくるのか」とおめでたい自分が笑えますが・・・。

 

で、どれくらい研究したでしょうかね。

毎日それこそ10時間以上はやってましたかね。市場が休場の日でも検証・研究をしました。それと並行して自己資金も投じて場数も積み重ねていきました。

もともと一度スイッチが入ったらとことん追求するところがあったし、思考を重ねることは嫌いじゃないので性に合ったのかもしれませんが・・・。

そんな生活が1年くらい続いたでしょうか、気が付いたら毎月コンスタントに満足のいく収益を積み上げることができるようになっていました。

(まぁこれからも必ず収益をあげられる保障などない世界ですから、浮かれている場合ではないですが)

 

今思えば、私の中で「セミリタイア」という生き方を意識し、そしてそれが現実味を帯びてきたのは、この状態までこぎつけたときかもしれません。

 

資産をすり減らしていくだけのリタイアは精神的に無理だったのかもしれない

こう回想してみると、それなりに世帯で資産を築いた後でも、

やはり自分が無収入になることが今でも精神的に抵抗を感じる人間だと改めて気付きます。

やっぱり子供の頃のトラウマのせいなんでしょうか(笑)。

 

そのトラウマも一つの理由なんでしょうが、

「生活レベルをリタイア前より下げるつもりはない」というのが大きいかもしれません。

どういうことかというと、

リタイア状態、仕事をしないことが目的ではないので、そのために生活レベルを下げるという考え方ではないんですね。

派手な暮らしは以前から好むタイプではありませんが、

極度の節約生活(節約がそもそも趣味じゃないので)をしなければ維持できないセミリタイア生活は望まないということ。

せっかくリタイアによって手に入れた時間、いろんなところへ出かけ、いろんな人と出会い刺激を受けたり、食を楽しんだり、家族友人との時間を楽しんだりしたい。

そういったことにお金を使うことは人生を豊かにすると思うのです。

 

投資の世界はなかなか厳しい世界ですが、こういった願望が私の日々のモチベーションになっているように思います。

これからもフラットな精神状態で日々精進ですね。←これが一番難しいんだなぁ~(笑)。

 

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